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ATLHA BOYS

「空のアジール」   中島智(芸術人類学)

 日本ではいつからか、凧は正月に、子供たちの手で揚げられている。正月というのは祖霊(神霊)が訪ねてくるとされる日である。その日、子供たちはまるでそれが役割であるかのごとく、田畑や空き地、あるいは地方によっては先祖墓の上によじ登って凧揚げをおこなう。日本では太陽が天空神として人格化されて伝承されているが、〈青空〉とはさらに不可視な、しかしつねに、現前する異界なのである。 日常において、私たちがその〈青空〉とコンタクトする際に媒体として用いるのは、空に揚がっていく「煙り」である。正月にはその媒体を子供たちが担うのである。そこには、存在論的な近接性が働いている。非物質化しながら私たちの手をすり抜けていく煙りや、メタモルフォーズしつづける子供たちは、〈青空〉という対象化も管理も不可能な、時制の外部に存在するものとの間に連続性をもっていると考えられてきたのである。時制の外部とは、神話的位相のことであり、神話的空間が、そのシーニュをつねに地上のありとあらゆる事物に顕わしているように、生者たちのマトリックスである祖霊もまた、子供たちを媒介にして地上に来訪してくるのである。
 今回の凧(と青空)を用いた根本智雅子のアートプロジェクトにおいて、子供たちは近代的な管理と擁護の対象としてではなく、そんな区画のない、空のアジールと連続した存在として、すっかり管理されてしまった私たちに〈青空〉のかけらを贈与してくれるのではないだろうか。
 
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